「エロイカより愛をこめて」「イブの息子たち」で燦然たるキャリアほ誇る稀代の漫画家、青池先生の中世ヨーロッパ時代劇漫画。エッセイで中世好き、坊さん好き、寺院好き、コスチュームプレイ好きと公言してらして、同じ趣向の私にはとても嬉しい漫画。14世紀、イベリア半島の大国カスティリア王国ペドロ1世が主人公。秋田書店で連載、中断13年を経て本編は平成19年に完結。外伝1巻~(継続中)。ドン・ペドロはボルゴーニャ(ブルボン)王朝最後の王で、あだ名は「残虐王」。それまでの政策を覆し異教徒を登用し、貴族の台頭を抑えようとしたことで有名、庶兄エンリケ2世「庶子王」と王位を争った第一次カスティリア継承戦争の当事者でもあります。
順番としてはアルフォンソ11世→ドン・ペドロ1世(前代息子)→エンリケ2世(前代の庶兄)→ホアン1世(前代息子)・・・と続くのですが、ドン・ペドロは王妃マリア・デ・ポルトガルの息子で嫡出、正統な王位継承者のはずが、アルフォンソ11世は愛妾レオノーラ・デ・グスマンを寵愛しエンリケ、ファドリケ、テリョ、カタリナなどたくさんの庶子をもうけ、王妃とは別居。自身はレオノーラを近くに置き子どもたちも重用、これは庶子といってもエンリケがその気になるのも当然。そしてアルフォンソ11世がペストで死に、ドン・ペドロ1世が即位すると、エンリケは王位簒奪を目指し・・というのが物語の骨子。ほかアラゴン、ナバーラ、グラナダなどのイベリア半島諸国、国土再征服運動、外交でフランスだのイギリスもでてきて、カタカナの長い名前がたまにしんどい。
以上、漫画を通して知ったのですが、ドン・ペドロは魅力にとんだ王様ではあるものの、エンリケに殺されカスティリアはトラスタマラ王朝に変わるため、最終回が心配で仕方なかった思い出があります。中断13年だから、未完のまま終わるのかと危惧していたけど、まとまって良かった。新王朝の名前はエンリケがトラスタマラ伯爵家の養子であるため。基本、ヨーロッパ王家で庶子に王位継承権はないので、ドン・ペドロを破り即位した後もエンリケ2世の正統性は乏しく、異教徒の排除し貴族を優遇して国内勢力の懐柔に努めた結果が「恩寵王」のニックネーム。ドン・ペドロは処罰が厳格で怖い反面、その判断は公正で納得のいくもののため、「正義王」になったらしい、対照的な兄弟です。エンリケ次男のホアン1世はやや精彩に欠け、ポルトガル遠征に失敗しジョアン1世によってポルトガルは黄金期に入るため、父子でいいイメージ無。
トラスタマラ朝になり故郷を追われたドン・ペドロの子供たちはイギリスに亡命政権をたて、最終的に両家の和平につながるので、漫画にするにはぴったりかも。ドン・ペドロもフランスから嫁いできた王妃ブランシュを嫌い幽閉した挙句、密通で処刑というあたりが、父子で似たことしてるなーと・・。愛妾マリア・デ・パレーリャは死後王妃に追号(漫画では生前に戴冠)、その娘であるコンスタンサは英エドワード二世王子のジョン・オブ・ゴーントと、、イザベルはやはりその弟のエドムント・ラングリーと結婚。コンスタンサの一人娘キャサリン(カタリナ)がエンリケの孫と結婚し、実質的王位と正統性の妥協がはかられ、物語は終幕。その3代後イザベル女王時代に、アラゴン王との婚姻で同君連合となりスペイン王国成立。めでたしと思いきや、姉妹の夫はそれぞれランカスター、ヨーク家の開祖、のちに薔薇戦争が起こります。
ドン・ペドロ1世については中世イギリス文学の最高峰、ジェフリー・チョーサー著「カンタベリー物語」にある修道僧の物語に哀悼詩があり、それはランカスター公爵夫人コンスタンサの影響ではないか、と漫画にありました。今でこそスペイン中世についても日本語で読めるけど、連載当時はスペインまで探しに出かけ歴史書を参考にしたそう。個人的にこの頃のヨーロッパ史&服飾が好きで、眺めるだけでも楽しいです。ただドン・ペドロのの浮気性だけはいただけません。本当に愛してるのは本妻だけなんて、浮気した奴がいってんじゃねーよ、と。庶子もいるし。女性主人公だと浮気しても気にならないのが私の二重基準。コンスタンサ義娘で後のジョアン1世妃、フィリパ・オブ・ランカスターも好き。イサベルの子孫がプランタジネット・ヨーク朝の最後を飾るリチャード3世で、ヘンリー7世が開いたチューダー朝に続きます。